小説『Zの蒼、夜を駆ける』第3話「蒼きZとの再会」

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小説『Zの蒼、夜を駆ける』第2話「赤い夜気」
弥富の倉庫で夜勤を終えた倉田洋三が、愛車シビックで名四を抜け鈴鹿スカイラインへ。峠で出会ったフェアレディZの走りに魅せられ、一瞬の追走で置き去りにされるも、再戦を誓う物語。

第1話はコチラ

小説『Zの蒼、夜を駆ける』第1話「青い流星」
名古屋・覚王山の静かな夜、フェアレディZを駆る蒼井エミリは街を離れ峠道へ。闇の中、赤いシビックタイプRと一瞬だけ交錯し、走りだけで通じ合う。孤独と自由を抱えて走る、彼女の“本当の時間”の始まりの物語。

【第一章:湾スカの風】

「明日早いしそろそろ帰るわ、じゃあな!」

「そうか、今日は楽しかったな、また走ろうぜ!」

別れ際、白いGR86の運転席から、親友が声を張り上げて笑う。

7月の晴れた夜。
昼の熱気が残るアスファルトの上を、夜の山の風が静かに吹き抜けていった。

ここは三河湾スカイライン──通称“湾スカ”。
名前に“湾”がついていても、実際は海から少し離れた丘陵地帯にある、静かな夜道だ。

洋三は赤いシビックのドアを閉めると、薄く笑って右手を上げた。

返事代わりに、GR86のブレーキランプが二度、小さく光ってから、静かに前へ転がっていった。

エグゾーストが短く吠え、テールランプがカーブの向こうに消える。

夜の森に吸い込まれるように、残響だけが耳の奥で小さく残った。

「……相変わらずだな。」

洋三は小さく笑い、運転席に腰を沈めるとエンジンを始動させ、そのテールランプを追った。

高校のときからの付き合いだ。サッカー部の頃も、卒業してからも、あいつと一緒に走るときだけは、いつまでも昔に戻れる。

山の空気は湿り気を含んでいる。
夜露の匂いと、木々の青い香りが、開けた窓からゆっくりと車内に忍び込んでくる。

時計は21時を少し回ったところだった。

岡崎市内に入り、しばらくして、ふたりの道は分かれた。

市街地の交差点で信号が赤に変わる。

GR86の窓が少しだけ下がり、親友の笑顔が路灯の下に浮かんだ。

「ここで折れるわ。また連絡する。」

洋三は片手をあげて頷いた。言葉はいらない。

信号が青に変わると、白いGR86右折した。

街の灯りに溶けるようにして消えた。

「……またな。」

小さく呟いた声は、
夜の住宅地の奥に吸い込まれていった。

残ったのは赤いシビックと、岡崎市に入ってからずっと一緒だった見ず知らずのマツダ デミオだけだった。

「……さて。」

普段なら節約して国道23号線を選ぶところだ。
だが今日は、違う。

「テレビ、まだ間に合うかな……今日は高速で帰るか。」

豊田南インターの緑色の標識が遠くに滲む。
ステアリングに置いた右手に、街のぬるい空気がしっとりと絡む。

ブレーキを外し、アクセルを踏む。
タコメーターの針が息を吹き返す。

「……行くぞ。」

赤いシビックが、静寂な工場地帯を抜けて、夜の伊勢湾岸道へと吸い込まれて行った。

【第二章:邂逅】

「――ん?」

伊勢湾岸道のルームミラーに、強烈なライトの筋が映った。

豊田南から名港トリトンへ向かう夜の伊勢湾岸道。
夏夜のアスファルトはまだ昼間の熱を少し残している。

「なんだ……?」

後方から迫る光が、ただのヘッドライトじゃないことはすぐにわかった。

距離が一気に詰まる。ほんの数秒で、シビックの背後に張り付いた。

アクセルを踏み足すと、タービンが低く息を吐いた。

だが、背後の光は止まらない。

スッと、ルームミラーの中の光が右へ流れる。

「……抜く気か……?」

次の瞬間、夜の中に、深く滲むような青い影が並んだ。

フェアレディZ RZ34だった。

フロントフェンダーの鋭いライン、低く構えたグリルの切れ込み。
街灯に照らされた吸い込まれそうなブルー。

「まさか……あのZか……?」

3ヶ月前の4月。
鈴鹿スカイラインの闇で、背中を追い、置いていかれた“あのZ”。
忘れたことなんて、一度もなかった。

Zのヘッドライトが俺の横に並ぶ。

まるで、ただ“前に出る”ことだけを選んだような、迷いのない動き。

俺のの右足に力が入った。

「……抜かせるか……!」

ギアを3速に落とす。
タービンが夏の夜気を吸い込み、VTEC TURBOが低く吠えた。

アクセルをブラジルまで踏み込む。

シビックのボディがわずかに前へ出る。

だが、Zの姿勢は崩れない。

名港東大橋の青いライトが視界の奥に迫る。

橋の上に差しかかる横風が、フロントを押し返す。

Zが、わずかに右に舵を切った。

その瞬間、俺の横を静かに滑るように抜いていった。

「……くそ……抜かれた!」

Zのリアフェンダーの滑らかな曲線が、赤いテールランプに変わる。

その刹那、心臓が一気に跳ねた。

抜かれたくなかった。
だが、Zの動きは“ただ速い”のとは違った。

俺を置いていく、というよりも、眼中にないようだった。

「……逃がさねぇ……!」

巧みなシフトチェンジでギアを段階的に上げていく。
足元のペダルが重くなる。
タコメーターの針が跳ねる。

名港中央大橋の上でVTEC TURBOが大きく吠える。名古屋港の煌びやかな光景が眼下に広がるが、景色など目に入らない。

視界のすべてが、目の前のZのテールランプに吸い寄せられていた。

【第三章:逸れるはずの出口】

本来なら、飛島インターで降りるはずだった。

豊田南インターから伊勢湾岸道を使うのは、俺にしては、かなり珍しいことだ。
普段なら国道23号線をトラックの列に混じりながらゆっくり帰る。

飛島インターで降りれば、そこから中川区富永の自宅までは、せいぜい20分もかからない。

無駄なガソリンも、高速代も使わない。
いつもなら、そうしてる。

だが、今日は違った。

「……くそ……。」

ハンドルを握る手に力が入る。

目の前には、さっき追い抜かれた青いZのテールランプ。

誰が何と言おうと、追うと決めたのは俺だ。
誰が見ているわけでもない。
誰が褒めてくれるわけでもない。

それでも、あのZを前にして、ただ家に帰るなんて考えられなかった。

本当なら、飛島の緑色の出口標識を見た瞬間、左車線に移動してウィンカーを出すはずだった。

でもその夜は右車線を走り続ける。

「テレビなんて、どうでもよくなっちまったよ……」

頭の中で浮かんだのは、いつもの安いソファで、缶コーヒー片手に見ているテレビ番組。

それより、目の前のZのテールランプが放つ一瞬の光のほうが何倍も胸を熱くする。

三重県と書かれた黄色い看板を通過すると橋の上を強い横風を受けながら走っていた。間もなくしてZが左ウィンカーを点滅させた。
湾岸長島パーキングエリア──Zはそこへ向かっていた。

この時間、この場所。
立ち寄る理由なんてないはずだった。

だけど、Zはそこへ吸い込まれていった。

何のために?

何もわからなかった。
でも、分かる必要なんか無かった。

「……ああ、行くさ……。」

右手がウィンカーを弾いた。

ルームミラーに映る自分の顔が、いつもより少しだけ笑っている気がした。

シビックのブレーキがわずかに鳴き、ランプの赤が夜気を滲ませた。

長島スパーランドの光が近づく。

アクセルを抜き、左の誘導路へステアリングを切った。

ライトに照らされた白線が光り、Zのリアフェンダーが、その先に静かに滑り込む。

「……行こうぜ。」

赤いシビックも、その青いZのテールランプを追って伊勢湾岸道を離脱する。

【第四章:はじめての言葉】

Zは湾岸長島パーキングの、建物側の駐車枠に滑り込んだ。

ブレーキランプが小さく滲んで、ゆっくりと消える。

洋三は、その背中を追うようにして、隣の枠にシビックを止めた。

ギアをニュートラルに戻し、ふと気づくと左手がわずかに震えていた。

エンジンを切るべきか迷ったが、まだアイドリング音が心を落ち着かせてくれる気がして、そのままにした。

シートに深く背を預ける。

「……会っちまったな……。」

3ヶ月も前のことなのに、あの“青いZ”の存在は、ずっと胸に刺さっていた。
ずっと気になっていた。姿も、名前も知らないのに、胸の奥に焼き付いていた。

まさか、こうしてまた目の前に現れるなんて。

ライト越しに窓の外を覗くと、Zのキャビンの中に微かに動く影が見えた。

シートベルトを外すタイミングさえ、何度も逃した。

心臓の音がやけに大きく聞こえる。

意を決して、ドアハンドルに手を伸ばした。

「……よし。」

ドアを開けると、
夜の空気が一気に胸を撫でた。

海が近く湿った夜風は深夜でさえ、蒸し暑い。
けれどもエンジンの熱を一瞬で奪っていった。

Zのドアも、同じようにカチリと開く音がした。

遊園地から漏れた明るいパーキングの中で、小柄なシルエットがゆっくりと立ち上がる。

髪が揺れた。

ミディアムボブの毛先が、かすかに光に滲んで青く見えた気がした。

足元にショートブーツのヒールが一度だけ音を立て、その存在が確かなものになる。

言葉を探した。
何から言えばいいのか、
分からなかった。

それでも、声をかけずにはいられなかった。

「……こんばんは。」

自分でも驚くほど小さな声だった。
だが、その声は確かに彼女に届いた。

彼女は一瞬だけ目を見開き、驚いたように息を飲んだ顔をした。

だがすぐに、薄く口元を緩めて笑った。

「……あなた、もしかして……あの時の?」

その言葉だけで、胸の奥で何かが弾けた。

洋三は頷いた。
言葉はいらなかった。

暗がりに、しばらく短い沈黙が落ちる。

何か言わなくちゃ。
だが、何を言えばいい?

視線を彷徨わせた先に、
パーキングの自販機の明かりが目に入った。

「……何か飲む?」

気取ったわけじゃない。でも──奢りたかった。
なけなしの小銭を数えながら、精一杯カッコつけて聞いた。

「いいの?」

彼女は、小さく笑って頷いた。

俺はぎこちない笑みを浮かべながら、自販機の前に立つ。
財布の中を確かめる。足りるかどうか、正直ギリギリだった。

「……好きなの、選んでくれ。」

彼女は一瞥して、すぐに黒いタリーズのボタンに指を伸ばした。

「これで。」

ブラックを選んでくれて、少しだけホッとした。

缶が落ちる音が、夜の静寂にやけに大きく響いた。

砂糖たっぷりの甘いやつを選ばれたら、きっと今よりもっと照れくさくなっていた。

思わず「渋いな」と言う。

すると彼女は「砂糖が入ると、負けた気がして。」と続く。

差し出した缶を彼女が受け取るとき、指先が一瞬だけ触れた。

その一瞬だけで、洋三の胸の奥がじわりと熱くなった。

「……ありがとう。」

その声が、缶コーヒーよりもずっと深く、胸に沁みた。

何を奢ったって、これ以上の見返りなんてなかった。

ただ、また走れるかもしれない。また追えるかもしれない。

それだけが、夜風の中で洋三の息を軽くした。

【第五章:名前も知らないまま】

二人は缶コーヒーを片手に、自販機の横のベンチに並んで腰掛けた。

夜なのに明るいパーキングの奥。

自販機の白い光が俺と彼女の横顔を一層と照らしていた。

夏の深夜の風は、湿気を帯びていて、それがかえって心地よかった。

隣にいるのに、どこか遠い気がした。

名前を聞こうとして、言葉が喉の奥で止まった。

職業を聞こうとして、意味がないとすぐにわかった。

なので聞こうとはしなかった。

なぜなら何を聞いても、あの峠の走り以上に彼女を知れる気がしなかったからだ。

3ヶ月前の夜に一度だけ背中を追いかけて、今日こうして偶然に再会して、それだけで十分だと思えた。

手の中の缶コーヒーのスチールが、夜風でひんやりとしていた。

「……また会えたら、今度は横並びで走ろう。」

俺は缶を見つめたまま、小さく言葉を吐き出した。

彼女は何も言わなかった。

返事が欲しいわけじゃなかった。

あの走りと、あの目があれば、それで十分だった。

彼女は缶の飲み口を指先でなぞると、ふっと口元をほころばせた。

それが返事だった。

パーキングの中を、黒いセダンが一台だけ静かに横切っていった。

エンジン音が遠ざかり、また静寂が戻ってくる。

誰かに見せるわけでもない、たった数分の沈黙。

だけど、その沈黙だけが、何よりも確かだった。

「……じゃあな。」

俺はゆっくり立ち上がった。

ベンチの奥に停めたシビックの赤が、月明かりでわずかに滲んで見えた。

ふとシビックの隣に停まる彼女のZに目をやると、ナンバープレートが視界に入った。

名古屋ナンバー。

心の奥が小さく跳ねた。

同じ街に住んでいるかもしれない。
同じ道を走っているかもしれない。

それだけで、胸の奥のどこかがあたたかくなる。

自販機の前で買ったスチールの缶コーヒーが、たったそれだけの夜を繋いだ。

クルマに乗り込みエンジンをかけると、シビックの低い咆哮が、夜気を震わせた。

横に目をやると、彼女もZのドアを開けていた。

互いに何も言わず、ただハザードが一度だけ光った。

パーキングのアスファルトに、赤と青のテールランプが滲む。

遠くに続く名古屋港の光が、夜の向こうで瞬いていた。

名前も知らないまま。
だけど、またいつか。

俺の赤い糸と、彼女の青い糸が、再び交わる道が必ずある。

シビックのギアを入れると、
タコメーターの針が、
小さく未来を刻むように跳ねた。

パーキングエリアの静けさの中、再び赤と青が、それぞれの道へと走り出していく。

次回、小説『Zの蒼、夜を駆ける』第4話「ドキドキデート!?」はコチラ

「coming soon」

この記事の執筆者

フェアレディZオーナーによるクルマとおでかけ情報を発信するブログ・YouTubeチャンネルを運営をしています。常に新しいコトを探究。
伊勢湾沿いを中心に活動しています。
趣味はドライブとクルマ。
日産フェアレディZ RZ34オーナーの元Z34オーナー。
プリンと生ハムが好きです( ^ω^ )🍮

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